さすらう隠居人の日記

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福田赳夫

今回の自民党役員人事で福田達夫が総務会長に大抜擢された。この人のことは最近まで知らなかったが、今回の総裁選で党風一新の会の代表世話人として活躍していたようである。首相経験者の福田赳夫の孫、福田康夫の子である。

私にとっては福田赳夫が興味深い人物であった。

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福田赳夫

角福戦争、三木おろし、大福密約の末、総理大臣になった。現職で総裁選に敗れた時は、「民の声は天の声というが、天の声にも変な声もたまにはあるな」、「敗軍の将、兵を語らず」という言葉を残して、総理総裁を退いた。私が大学生の時である。

大蔵省主計局長の時、昭電疑獄で収賄罪容疑で逮捕(結果は無罪)逮捕されている。衆議院議員になってからは、党風刷新連盟の結成もしており、孫の達夫の党風一新の会の代表世話人になったことにも影響しているのかもしれない。

前置きが長くなったが、1965年に田中角栄から大蔵大臣を引き継いだ福田赳夫は、65年度の補正予算を組む時、補正予算案と赤字国債を発行できるようにする特例法案を国会に提出した。大蔵省の事務方は、当初予算に盛り込んだ公共事業の枠内に収まっているので、特例法を制定しないで済む建設国債の発行を主張したが。福田赳夫建設国債の名は借りたくないと、度重なる説得に耳を貸さず、赤字国債として発行すべきだと訴え、事務方の意見を突っぱねた。

財政の危機的な状況を示すことを第一に考え、官僚の事なかれ主義に対して、政治家である大臣としての意思がはっきりとあらわれている。清濁あわせもつ人物ではあるが、気骨のある政治家であった。

福田赳夫については、五百旗頭真監修の「評伝 福田赳夫」(岩波書店)に詳しく書かれている。このブログは、7/16付日本経済新聞の「Angle福田赳夫氏のこだわり」を参考にしている。)