冬至
今日は冬至である。日照時間が1年で一番短く、最も太陽が衰える日であるが、太陽が復活に転じる喜びの日でもある。
中国では、一陽来復の日とされ、太陽がまたよみがえる、太陽の運行の起点と考えられた。
ヨーロッパでは、詳しいことは知らないが、ローマ皇帝が冬至祭の行われていた12月25日をイエス・キリストの降誕祭としてクリスマスを定めたそうである。
冬至で思い浮かぶのは、柚子湯に入ることである。
実家には柚子の木があり、柚子を食すことはなかったが冬至には風呂に入れていた。実家には今は誰も住んでおらず、柚子をもらうこともなく、買ってまで入れようという気も起きないので、柚子湯からは遠ざかっている。このようにして、日本のいろいろな風習が廃れていくのだろう。来年は柚子を買って風呂に入れてみようか。
山口青邨の句に
吾子はみな柚子湯の柚子を胸に抱き
がある。私もそうであったが、子供の真理をついている。
また、この時期は湯豆腐の季節でもある。最近はお腹の調子が良くないので、厳しい食事制限にもおとなしく従っているが、晩御飯は大抵は野菜や豆腐の鍋で、鍋自体は美味しいが、お酒抜きがとても辛い。
久保田万太郎の句に
湯豆腐やいのちのはてのうすあかり
がある。とても心に沁みる句である。