さすらう隠居人の日記

旅、俳句、映画、ゴルフなど

江國滋さんの闘病俳句

このブログで、何度か東京やなぎ句会のことを取り上げたが、江國滋さんもそのメンバーの一人であった。彼の本は楽しくて蘊蓄があり、私は落語や俳句、旅行などのエッセイをよく読んでいた。

しかしながら、江國さんは平成9年(1997年)2月6日に食道癌の告知を受け、同年8月10日に62歳で亡くなった。その間、闘病日記を書き、闘病俳句223句を残している。

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江國滋「おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒」新潮社

この本は、1997年12月に発行されるとすぐに購入して読んだ。亡くなる2日前に書き付けた辞世の句

おい癌め酌みかはさうぜ秋の酒

が本の表題となっている。
いつもは本を購入すると帯は取って捨ててしまうが、帯の裏側に瀬戸内寂聴さんの話が載っていたので捨てずに付けたままにしている。その寂聴さんも今はもういない。内容は以下の通りである。

江國さんは電話で私にそれを知らせてきた。
「医者が何と言ったと思います・・・・・・、高見順ですねって」
癌告知されたのが自分でなく第三者のような話し方だった。私は胸が痛くなった。
「でも、これで俳句の大傑作が生まれるでしょう。それをやらなきゃ」と言った。
その言葉を待っていたように、一呼吸も入れない速さで、「そう、そうですよ。もう作りはじめています」
「命をかけたものは傑作に決まっていますよ」
「そうか、命をかけているのか」江國さんはそう言って、急に沈黙した。
この克明な闘病日記が書きはじめられて十一日目、1997年2月15日のことだった。
(注:医者が高見順ですねと言ったのは、高見順が食道癌で亡くなっているからだと思う。)

江國さんは、亡くなる20年前に「俳句とあそぶ法」を書いている。私が俳句に興味を持つきっかけとなった本の一つである。

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江國滋「俳句とあそぶ法」朝日文庫

この本の中で、江國さんは、
「いっそのこと、病気にでもなって、入院でもして、手術の一つでも受けたら、あッとおどろく病床名句があとからあとから雲のごとくわいてくるかもしれない。子規を見よ、三鬼を見よ、波郷を見よ。すぐれた俳人のすぐれた俳句はみんな病床から生まれているではないか。漱石が『秋風や唐紅の喉仏』などというすごい句を作ったのも、あれは有名な修善寺大患の直後だった。そうだ、そういうものかもしれない。光は東方から、名句は病床から。・・・・・・」
と、ユーモアたっぷりと書いている。

急にこんなことを書いたのは、先月腹痛がひどく夜寝られない時に、江國さんのように病中吟を詠んでみようと思ってみたからである。その時作った句は、

胃痙攣耐え忍ぶ夜や神の留守

であるが、作句の力✕病の重さに比例するのか、自分の下手さ加減と江國さんの凄さを思い知った。

江國さんは「俳句とあそぶ法」で書いた通り、病床で多くの佳句を残し、寂聴さんが言ったように大傑作を生んだ。敬服に値する最期であった。