さすらう隠居人の日記

旅、俳句、映画、ゴルフなど

母との面会 PartⅡ

最近はコロナが落ち着いており、定期的に母と面会ができ助かっている。母は私たちのことを認識することはできないが、私たちは母の元気な姿を見ることで安心することができる。

いつも介護施設の方々にはしっかり対応してもらっており、感謝している。

先日、義母と旅行ができたが、実母は認知症が進んでいることに加え、大動脈解離、大腿骨骨折などを抱え、誤嚥性肺炎による救急搬送も経験し、とても旅行には行けない。

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母(2021年12月4日)

父は2010年に亡くなったが、ほぼ寝たきりの最期の一年を母は献身的な介護をした。母の胸にしこりのようなものができ、医師に診てもらった時は、介護により筋肉が盛り上がったとの話があり、80歳近くになってもこんなに筋肉が付くのだと驚いたものであった。

父が亡くなってからも元気を取り戻し、詩吟の教室の師匠として頑張っていた。その後、家族がはっきりと気づかないうちに認知症が急速に進展した。

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母(2011年10月30日)

2016年11月に施設に入り、今はもう母を旅行に連れて行くことはできないが、施設に入ったその月に大阪で次男の結婚式があり、周りから心配する声はあったものの、下の世話は自分でする覚悟で、無理を押して1泊2泊で連れて行った。結婚式の前夜は母と私、妻、長男、次男の5人で食事をすることもできた。その夜は殆ど眠ることはできなかったが、良い思い出ができた。

結婚式も心配したようなことはなく、母も楽しそうであった。

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母(2016年11月19日)

その後、母は病院へ行く以外は施設から出ていない。無理を避けて結婚式に連れて行っていなければ、自分の中で悔やみきれない後悔が残ったであろう。

大阪での次男の結婚式は、母にとっては最後の旅であり、最後のご馳走であり、最後の晴れ舞台への出席であった。